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名古屋高等裁判所 昭和49年(ネ)614号 判決

主文

一  控訴人の被控訴人窪田絹代に対する本件控訴を棄却する。

二  当審における訴訟費用中被控訴人窪田絹代と控訴人との間に生じた分は控訴人の負担とする。

三  原判決中控訴人と被控訴人窪田定幸に関する部分を次のとおり変更する。

控訴人は被控訴人窪田定幸に対し金五九八万四、七五三円及び右金員に対する昭和四六年一月一二日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

被控訴人窪田定幸のその余の請求を棄却する。

訴訟費用中被控訴人窪田定幸と控訴人との間に生じた分は第一、二審を通じてその総費用を一〇分し、その一を被控訴人窪田定幸の負担とし、その余は控訴人の負担とする。

四  この判決は、被控訴人らの勝訴部分に限りそれぞれ仮に執行することができる。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人らの請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は「本件各控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。〔証拠関係略〕

(控訴人の主張)

(一) 本件事故は控訴会社が和田建材から依頼された本件転落車の引揚げ作業中に起きたものであるところ、控訴会社と和田建材との右転落車引揚げにかかる契約は、当該作業に要する運転者つきクレーン車のリース契約であつて、同作業は和田建材の支配のもとになされたものであるから、控訴会社は本件事故について責任を負うべきいわれはない。

(二) 仮に本件転落車の引揚げ作業がリース契約ではなく請負契約にもとづくものであるとしても控訴会社としては、右作業現場の上空に架設された高圧線があつたのであるから(右現場に行つてはじめて高圧線の存在を知つた)本来ならば、レツカー車を使つて本件転落車を高圧線から離れた安全な場所に移動し、そこで吊り上げるなど安全な方法をとつたのであるが、注文者たる和田建材において本件転落車が同建材の従業員増田照夫の傭車(当該自動車の買主は和田建材であり、同建材がその代金を払うのであるから、対外的には右自動車の所有は和田建材に帰するのであるが、対内的には同建材と増田照夫との間において同人が和田建材から仕事を請負い、当該請負代金から自動車代、油代、和田建材の名義貸料その他諸経費を差引いた残金を受領し、和田建材に対する自動車代金の支払いが終ると、当該自動車は、増田個人の所有名義となる約定があつたものでかかる約定の対象となつている自動車をいう。)であつたために、和田建材から本件転落車を損傷しないよう、かつ早急に引揚げるよう依頼があり、また右転落車の吊上げ作業も和田建材の従業員の指図によつたものであり、かつその指図も前記の如き安全な方法によらないものであつたから、かかる指図に基因した本件の事故については、当該指図をした和田建材自身がその責任を負うべきで、控訴会社が負うべきものではない。

又、注文者たる和田建材としては、控訴人に対して前示高圧線の存在を告げるべきであつたし、安全管理者を立会わせて事故が発生しないように看視すべきであつたのに、かかる措置を怠つた指図上の過失があつたものである。

理由

一  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二  控訴人の主張(責任主体)について

(一)  控訴会社は、和田建材との本件転落車引揚げ作業契約は、運転者つきクレーン車のリース契約であつたと主張する。控訴会社の右主張の趣旨は、本件転落車引揚げ作業契約は、当該引揚げ作業に要するクレーン車を依頼者たる和田建材に賃貸し、合わせて同車を運転、操縦する要員の労務を提供し、和田建材は右賃借と労務提供に対し、その所要の時間に応じた報酬を控訴会社に支払うことを内容とした契約であるというに在るものと解されるところ、成立に争いのない甲第一ないし第四号証、丙第四ないし第九号証、原審証人宮本利雄の証言により真正に成立したものと認められる丙第二号証並びに同宮本利雄、当審証人和田豊治の各証言を総合すると、和田建材は、四日市クレーンに対し以前いわゆるリース契約で作業を依頼したことがあつたが、その場合には、右当事者間において、仕事の内容、借入れ自動車のトン数、その時間当りの単価、いつから仕事にかかるかなど所要の事項を取りきめていたこと、従前、車の引揚げ作業を控訴会社に依頼した場合には、和田建材としては、転落自動車の機種、右転落場所、積荷の状況など引揚げを受ける側で了知している事項だけを告げて依頼をし、控訴会社より派遣を受ける引揚車の吊上げトン数の指示などはしないで、その作業の仕方は全面的に控訴会社に任せていたこと、本件転落車の引揚げ作業についても、和田建材自身としては、その能力がないので、控訴会社に右転落車の引揚車の吊上げトン数などの指示はしないで、専ら、右引揚げだけを目的としてその作業を依頼し、控訴会社はこれに応じて右依頼に適した一五トン吊り大型クレーン車と、同車を運転し、引揚げを操縦する者として同社の従業員大芝正則を、その補助者として同じ従業員の佐藤喜己を各派遣して右引揚げ作業に当らせたこと、控訴会社としても、右大芝正則としてもこの引揚げ現場における責任者としては大芝自身であると考えていたこと、控訴会社から和田建材に対し請求した右引揚げによる報酬の内容も時間単位により算出した金額ではなく、本件転落車の引揚げ作業全体に対する報酬金額であつたことなどがそれぞれ認められる。

原審及び当審の証人大芝正則、同加藤富士男、当審証人松岡谷郎、同佐藤喜己の各証言中、右認定に反する部分は措信しない。

以上の事実によれば、控訴会社と和田建材との間の本件転落車引揚げにかかる契約は、右引揚げの完成を目的とし、それに対して報酬を支払うことを内容とした請負契約であると考えられる。

(二)  前記争いのない事実と右甲第一ないし第四号証、丙第四ないし第九号証、原審証人長井真一、当審証人佐藤喜己及び原審と当審における証人大芝正則の各証言に弁論の全趣旨を総合すると、控訴会社は和田建材から本件転落車の引揚げ作業を請負い、前記大芝正則が本件引揚げ現場において、本件クレーン車を操縦し、前記佐藤喜己がこれを補助していたものであり、右現場には、和田建材の従業員で本件転落車の運転者の増田照夫及びその同僚であつた亡窪田定夫と長井真一らも居合せて、右引揚げ作業に従事していたものであるが、和田建材の右従業員らは和田建材から特に命ぜられて、その現場に来たものではなく、右増田にとつては自己の運転していた車であり、控訴人主張の如き傭車であつたことから、その他の者にとつては同僚の車の引揚げ作業であつたところから、各自自主的に現場に来合わせて、右作業を手伝つたものであり、その手伝つた内容についても本件転落車にワイヤーを巻きつけたり、本件クレーン車のブームから吊下げられたワイヤー先端のフツクを右ワイヤーに引つかけるなどの補助的行為であり、亡窪田や右長井らは右大芝に対し、本件転落車は新車で個人所有の車だから車を傷つけないよう慎重に扱つてほしい旨の要請をしたことは認められるが、本件クレーン車の停止位置とか、クレーンのブームの廻転方向並びに停止位置、さらにはワイヤー先端のフツクの位置等本件引揚げ作業の基本的なことまでも指示したことは認められないのであるから、本件転落車の引揚げ作業が亡窪田や右長井ら和田建材の従業員の指図やその支配のもとになされたものということはできない。

従つて、控訴人の仮に請負契約であつたとしても、本件事故は、注文者たる和田建材の指図に基因したものであるから、その責任は和田建材が負うべきもので、控訴会社が負担すべきものではないとする主張は理由がない。

又控訴会社は本件引揚げ作業のための本件クレーン車の操縦をするについて、注文者たる和田建材において前記高圧線の存在を告げたり、安全管理者等の看視者を配置するなどして、当該作業にともなう危険を未然に防止すべき義務があるというが、注文者には、原則としてかかる義務はなく、請負人たる控訴会社には、クレーン車を取扱う業者として、作業の際の危険防止につき善管注意義務があるものと解され、特に、本件のように高圧線下の引揚げ作業に際し、高圧線による感電の危害が発生する可能性がある場合には、その危害の発生を回避するため高圧線の存在を確認し、看視者を配置するなどして安全措置を講ずべき義務があるものと考える。

従つて、仮りに和田建材が右高圧線の存在を告げなかつたり、看視者を置かなかつたために本件事故が発生したとしても、直ちに和田建材にのみ過失責任ありとする控訴人の主張は理由がない。

三  控訴人の責任原因について

右責任原因について、当審証人大芝正則、同佐藤喜己の各証言を斟酌したうえでの当裁判所の認定判断は、原判決一三枚目表八行目の「現場上空」から同九行目の「ワイヤー」までを、「右ブームから吊り下げられたワイヤーが現場上空に架設されていた裸の高圧線に対し最少間隔約二〇センチメートルの位置に接近したところ、その下にいた亡窪田定夫が本件クレーン車のフツクに本件転落車に巻いてあつた吊場の台付ワイヤーをかけようとして、右フツクを引張つたため、前記高圧線にブームから吊下げのワイヤー」と訂正するほかは、原審の認定と同じであるから、原判決一二枚目裏七行目の「前記争いのない事実」から同一四枚目表三行目の「責任がある。」までをここに引用する。

当審証人加藤富士男の証言中右認定判断に反する部分は採用し難い。

四  過失相殺

右認定の本件事故発生状況によれば、本件事故は本件クレーン車の操縦者である大芝正則のクレーン車、操縦上の過失にもとづくものであり、控訴人の免責の抗弁はとうてい採用に値しないものであるが、他方被害者たる亡窪田定夫についても、前叙のように本件クレーン車のブームから吊下げられたワイヤーの先端のフツクを持つて操作するに当り、もつと注意を払つてさえいれば、右ワイヤーが現場上空に架設されている高圧電線に接近していることに気付き感電の危害発生を予見し得た筈であり、また右クレーン車操縦者の大芝正則なり、その補助者の佐藤喜己と緊密な連絡をとり、右高圧電線との接近について注意を促すなどして、同電線による感電の危害を防止するため、ブームの位置の変更を助言し、或はその他の方法によつて、右危害の防止措置を講じてからブームのワイヤー先端のフツクに手をかけるべきものであつたのに、かかる注意を十分に尽さないで、フツクを操作したことが認められるのであるから、亡窪田にはその点に過失があつたものといわなければならない。

そして、右被害者亡窪田の過失の程度と右認定にかかるクレーン操縦者大芝の過失の程度とを彼此勘案すると、その割合は右亡窪田につき三、大芝につき七と見るのが相当と判断する。

五  控訴人の抗弁2の主張について、当裁判所は当審証人加藤富士男の証言を斟酌してもこれを認め得ないものと判断するが、その理由は、原審らの認定と同じであるから、原判決理由中当該部分の記載(原判決一五枚目裏四行目から同七行目まで)を引用する。

六  上来説示したところにより、控訴人は被控訴人らに対し、損害を賠償すべき義務があるところ、当裁判所は当該損害額につき被控訴人絹代の請求しうる金額としては金二八一万〇、三七七円、被控訴人定幸の請求しうる金額としては金五九八万四、七五三円と各認定判断するものであるが、その理由は、左に訂正するほか、原判決がその理由とするところと同一であるから、原判決理由中当該部分の記載(原判決一六枚目表一行目から同一九枚目表九行目まで)を引用する。

1  原判決一八枚目裏六行目の「原告絹代分」から同九行目の「10,649,241円)」までを

「被控訴人絹代分 金四四七万七、〇四三円

(6,395,776円×7/10≒4,477,043円)

被控訴人定幸分 金九三一万八、〇八六円

(13,311,552円×7/10≒9,318,086円)」と訂正する。

2  原判決一九枚目表六行目の「原告絹代分」から同九行目の「7,315,908円)」までを

「被控訴人絹代分 金二八一万〇、三七七円

(4,477,043円-5,000,000円×1/3≒3,810,377円)

被控訴人定幸分 金五九八万四、七五三円

(9,318,086円-5,000,000円×2/3≒5,984,753円)」と訂正する。

七  結論

以上の次第で、控訴人は被控訴人窪田絹代に対し金二四一万六、五六四円(同絹代の控訴人に対し、請求しうべき損害額は同絹代の控訴人に対する本訴請求金額を上廻るので、右本訴請求金額の範囲内において認容する)、被控訴人窪田定幸に対し金五九八万四、七五三円及び右各金員に対する本件事故発生の日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるから、被控訴人らの本訴請求のうち被控訴人絹代の請求については正当として認容すべく、被控訴人定幸の請求については、右認容額を超える部分は失当として棄却すべきものである。

従つて、原判決中、被控訴人絹代に関する部分は相当であつて同人に対する本件控訴は理由がないから、これを棄却し、被控訴人定幸に関する部分は、結論を異にするので、本件控訴にもとづき主文第三項のとおり、変更することとし、訴訟費用の負担につき、民訴法九六条、八九条、九二条を、仮執行の宣言について同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 丸山武夫 林倫正 杉山忠雄)

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